第一話  Vergessenheit 忘却




15歳になった頃から
突然おかしな夢をみるようになった
最初それはテレビの砂嵐を
見ているような夢だった
ザザザザザとノイズだけの夢
次第にスノーノイズがかった
映像が割って入るようになった
だけどそれはあちこちに
ちりばめられていて
全体的な流れは
全く理解できないものだった
毎晩のように見る不思議は夢は
まるで生きているかのように
日々成長していく
何かを訴えかけるかのように・・


 ” ・・・・だよ・・ぜ・・・・・・ ・・れ・・・・・ね・・・ ”


まだガキだった頃に
この町に越してきた
それまでアパート暮らしだったのだが
親父が建売だが家を買い
一家で越して来たのだ
とは言っても隣の市
当時は日本からアメリカに越したような
絶望感を感じていたが
今となっては自転車でスイっと
行ける距離となってしまった
高校に上がると公園で
いつも遊んでいたメンバーの
何人かは同じ学校に通うことにもなった

「よぉ!ブチオ今日は英語と数学のテストだぜどうするよ」
「あぁ別にいいよ仲良く赤点取ろうぜテツテツ」

テツテツもまた公園で
一緒に遊んでいた仲間
クラスが決まった時に
お互い一目で分かった
それからは一番仲のいい友達だ

「あんたたちまた勉強してこなかったの?最悪ね」
「カンニングさせてくれよ頼む!」
「諦めて補習でもすればいいと思うよいつものようにね」

こいつも公園メンバー
唯一の女だったスウスウ
当時は男も投げ飛ばす剛腕として
恐れられていた
気の強さは今も健在
もしかしたら今でも
軽く男を投げ飛ばすかもしれない
スウスウは1年の時に剣道女子の部で
全国制覇を果たしている
部でも3年を差し置いて1年から
常時レギュラー入りだ
すでにいくつもの大学から
声がかかっているという噂もあるが
その辺はいつも濁されて真実は謎
俺とテツテツは
頭のデキはかなりよろしくない
このままだと金さえ払えば入れる学校か
就職しかないだろう
でもまだ2年しかも来月は夏休み
将来の心配より今の楽しみを
追及しなくてはならない
人気のない雨の校庭をぼーっと見ながら
半分ほど回答欄が埋まらない答案を
えんぴつでコツコツを叩きながら
夏の訪れを心待ちにした

「そう言えばお前が居なくなった事があっただろ」
「おれが?」
「龍神様の前で見つかった事件」
「え?なにそれ」
「だからお前が行方不明になった事件だよガキの頃」

学校の帰り道いつもの
ファーストフードでテツテツと二人
ポテトをつまみながらコーラーを飲んでいた
他愛もない昔話から公園時代の話になった
俺が行方不明?そんな記憶はない・・
あるのはテツテツやスウスウと
毎日のように公園で遊んでた記憶だけ
誰かと間違えてるとしか思えない

「おいおい俺じゃないだろ誰と勘違いしてんだよ」
「勘違いじゃねーよテレビや新聞なんかにも出てたんだぜ なにしろ3日もいなくなったんだからな」

テツテツは確かにそういう事件があって
その当事者が俺だと言う
しかし俺にはまったく記憶がない
意地になった俺とテツテツはついには
押し問答になりそれじゃ図書館に行って
当時の新聞を見ようという事になった
ファーストフードを出て自転車にまたがると
俺達は無言で市立図書館へと向かった

「おい新聞はいいけど日にちが分かんないと確認できないぞ」
「そんなの俺だって覚えてねえよ俺らが5歳の夏だよ」
「夏って何月だよ何日だよ」
「そんな事まで覚えてるかよ」

図書館の新聞コーナーなんて利用するのは
もちろん初めてで
勝手がわからなかったのもあるが
思うようにいかないイライラをつい
お互いぶつけ合ってしまった
幸い俺達の様子にきずいた
係員が親切に記事を探してくれ
その場はなんとか収まった

5歳の園児3日間行方不明・・・
町内の龍神宮の前で発見される・・・
そこには俺の写真と
名前まで書かれていた

「不思議な事件だったんだぜ大人が何度も龍神様の前も探したのにお前はいなかった書いてあるだろ
外傷はなく飲食もしていたようだ少年に3日間の記憶は一切ないって」
「ああ・・」
「お前見つかったあと病院で精密検査までされたんだぜ」

全く記憶がない
龍神宮?龍神様?それさえ記憶から飛んでる
そう言えば夢に小さな朱色の鳥居と
小さな祠がよく出てくる
そして白くて長い髪の白い着物の・・後姿・・
きっと夢はただの夢じゃなくて
あの時の記憶

「おいテツテツ龍神宮に連れてってくれ」
「今からかよ」
「どうせ明日の試験勉強なんてしないんだろ」

図書館を急いで出て自転車にまたがった
後ろからバタバタと運動神経が悪そうな
走り方でテツテツが追いかけてくる
よろつきながら自転車に乗ると
俺の前を走り出した
さっきまでかろうじて止んでいた雨が
また降り出していた
そのせいもあっていつもより外は暗かった
スモールライトをつけた車が
何台も俺たちを追い越して行く
懐かしい商店街・・懐かしい公園・・
昔住んでいた住宅街にぽっつり建つ
古いアパートはまだあった
路地を何度も右へ左へと抜け
突き当たった所に
ひっそりと龍神宮はあった
左右と後ろを家の塀で囲まれた
路地の行き止まりに
不自然に建つ祠は夢に出てきた物と
まったく同じだった

「何か思い出したのか?」
「ああ夢に出てくるんだ・・この場所・・何度も」

白くて長い髪の白い着物の後ろ姿の事は
テツテツに話すのはやめた
第一非現実すぎる
顔はわからないにしても
そんな人間はそうそういない
お化けそのものだ

「悪かったな俺があんな話はじめたばっかりに」
「いや夢の謎も解けたしありがとな それと・・ごめん」

龍神宮の前でその日俺達は別れた
今まで俺が忘れてたって事は
親もそれなりに気を使って
話題に出さないようにしたのだろう
引っ越したのは俺の事が
あったからかもしれない
親父は小さな工場に勤めていて
無理をしなきゃ建売だって一軒家なんて
買えるはずはない
親の気持ちを考えると
今更思い出したなんて言えない
このまま忘れてるふりをするのが
せめてもの恩返しだろう
明日はテスト最終日
それが終わればあとは夏休みを待つばかり
あまり深く考えず楽しめばいいさ
それが今自分にできる最大の
防御だとなんとなく思った


 ” やくそくだよ・・ぜったい・・・ わすれ・・ないでね・・・”


スモッグがかってはいたが
寝不足には日差しがつらいほど
眩しい朝だった
気にはしないと決めたものの
そう簡単に割り切れるものでもなく
なかなか寝付けなかった上に眠りは浅く
寝た気がしないまま
学校に行く事になった
結局勉強は何一つやってない
そもそも教科書さえ学校に
置きっぱなしだ
あとは生まれもった能力と
時の運にかけるしかない
龍神宮・・・

「おい!ぼーっとしてるなよ大丈夫か?」
「あぁ昨日はありがとな」
「ほんと余計な話して悪かったまさか忘れてるなんて・・」
「もういいって俺もマジ感謝してるし」

テツテツは何も考えてないようで
けっこう気にするヤツだから
ヤツなりにゆうべは悩んだのだろう
その証拠がうっすら目の下に現われていた
結局テストに集中しようと思えば
思うほど昨日の事が気になって
半分うわの空で答案を埋めた
たぶん今回の夏休みも
テツテツと仲良く補習に通う事になるだろう
昨日の夢であの白い長い髪の着物の
人物がとうとう振り返った
眩しい光でその顔は飛んでいて
見えなかったが
サラサラの白髪には
青い玉と銀色の装飾がほどこされた
髪飾りがあった

「ねえぼーっとしてたけどテスト大丈夫だったの?」
「あぁ補修でがんばるさ」
「やればできると思うだけどな子供の時だってあの公園仲間で一番最初に逆上がりできたじゃん毎日毎日練習してさ」

窓から入る少しだけ夏の香りがしだした風に
髪をなびかせながらスウスウが
残念そうな顔をしてみせた

「あのさ・・」
「なに?勉強の相談なら乗るよ」
「そうじゃなくて龍神宮って知ってるよな?」
「知ってるも何も龍神様の前でおままごとなんかしたよね ブチオったら犬の役にされて嫌だって泣いてさハハハ」
「へー俺あそこで遊んだ事もあるのか」

スウスウがハッと口を手で覆って
目を反らした
たぶんあの事件の事を
思い出したのだろう
だからあえて俺から何でもない
風に切り出した

「あの事件の事さ最近まで忘れてたんだ」
「そ・そうなんだ」
「うん、なんか迷惑かけてたら悪かったな」
「もう昔の事で私も忘れてたよ それより勉強も逆上がりの時みたいに本気だしてやってみてよね」
「考えとくよ」

スウスウは女友達に呼ばれて
金魚みたいにヒラヒラと
机をすり抜けながら
教室を出て行った
今日の空は雲がなく
薄いのにどこか重たい水色が
どこまでも広がっていた
一人また一人
教室から出て行くのを
背中で感じながら
テストが終わった
高揚感を感じていた

「いつもの所でいいか」
「おいおい何言ってんだよ今日でテスト終わったんだぞ 普通はお祝いを兼ねてレベルアップだろ」
「ほぼ補修決定だけどな」

テツテツがカバンを自転車の
かごに乱暴に投げ込みながら嘆いた

「補習なんて一週間ぐらいで終わるさ」
「まあそんな所かな」
「元気出そうぜ馬鹿同士」

並んで自転車をこぎ出した
校門の前では
生徒指導の教師が
テストが終わったからって寄り道するな
みたいな事を
声を張り上げて言っているが
誰も聞いてる様子もなく
みんな素通りしていた

「なあ、龍神様のことなんだけど」
「もうやめようぜ」

俺が話を切り出したのを
遮るようにテツテツが割り込んだ
そしてカツカレーをかきこみ
水で流し込むと一気に話し出した

「俺怖いんだよお前は一度3日もいなくなって 龍神様の前で見つかった
 そのお前は記憶が飛んでるのに 夢で龍神様を何度も見てると言う
 お前の失踪と龍神様が無関係だとは思えないんだ
 今度は永久に消えちゃいそうで怖いんだよ 後悔してるんだ龍神様の話をした事」

そのまま目を合わさないで
残りのカツカレーを平らげると
人形のようにだらんと体の力を抜いて
下を向いてしまった
どうしていいかわからず
無言でモソモソと残りの
シーフードパスタを食べ続けた

「心配かけて悪かったな」

これがパスタを食べながら
考えた言葉の全てだった
これ以上の言葉が
どうしても見つからなかった

「いや俺もつい言いすぎて・・お前が好きだから・・」
「なんだよ今更キモいやつだな」

予定ではこのあとカラオケに行く
事にもしていたが
気分がそれてしまったので
今日はここでお開きと
いう事になった
帰り道のテツテツは
無理に明るく振舞って
テレビの話やゲームの話を
振ってきた
俺はそれに乗って
笑ってやることしかできなかったが
テツテツは
満足したように帰って行った


 ” ゆびきり・・げんまん うそついたら はり・・せんぼんのーます ゆびきった・・・ ”


翌日から次々と
テストが返された
そんなに急いで採点して
くれなくても
こっちは全く困らないのに・・
しかしどうした事か
俺もテツテツも
赤点は一つもなく
補習をまぬがれた
これは奇跡としか言いようがなく
スウスウも驚くばかりだった
とは言っても
どれも赤点ギリギリであって
褒められたもんじゃない点数が
並んでいた
それから夏休みまでは
平和に過ぎて行った
龍神宮の話はあの日以来禁句となり
けして話題に出る事もなかった
だけど夢は日々成長し続け
興味はますます深くなる
ばかりだった


 ” いまは・・わすれてしまっても きみがのぞむなら・・・ きおくは・・・よみがえるから・・・ ”


暑さと湿気が急激に上昇し
セミが鳴くのを耳にするようにもなってきた
朝は決まって寝汗の不快感で
目が覚めるようになり
パジャマがじっとり湿る日もあった

「夏休みだな」
「あぁ」

今日は終業式でエアコンの効いてない
うだるような体育館で
校長の長い話に付き合わされ
俺もテツテツもぐったり
していた
校長の話というのは
言い回しは変わっても
小学校から毎度毎度
代り映えのしない内容で
どんな意味があるのか
正直疑問だ
適当にプリントにまとめて
配ってくれれば
いいと思うのだが・・

「なあトイレ行きたくなってきちまったよ」
「もう20分は話してないか?そろそろ終わるだろうよ」

そうは返したものの俺も
くだらない事を何度も繰り返すように
話す校長にうんざりしだしていた
眉間にしわを寄せて
あからさまに迷惑そうな顔をしてる
先生も何人かいた
校長も空気読んで5分ぐらいで
切り上げれば高感度もあがるだろうに
結局30分続いて
校長の自己満スピーチは終わり
俺達は教室に戻された
教室に着くと誰かがすぐに
エアコンのスイッチを入れた
生ぬるいが少しはましな風が流れてきた
トイレに直行したテツテツが教室に
戻って来たのと同時に担任も
教室に入り
通知表が手渡たされ
今学期が終了した

「通知表どうだったよ」
「どうせ同じようなもんだろ」
「だよな」

机にへばりついて
半分溶けたスライムみたいに
なってる俺達の所にスウスウが来た

「ねえこれから暇でしょ遊びに行かない?」
「3人で遊ぶのもたまにはいいか」
「そうだな」
「馬鹿ねもう一人女の子入れて4人でよ」

その言葉に俺とテツテツは
シャキとしてスウスウを見上げた
スウスウの後ろには隣のクラスの
可愛いと評判の吹奏楽部の子が
立っていた・・いくみちゃん
断るわけもなく俺達は
4人で町へと向かった

スウスウの提案で
俺とテツテツじゃ行こうとも
思わない洒落た
イタリアンレストランに入った
外観から高そうで躊躇したが
ランチメニューがあり
なんとか払える金額で安心した

「テツテツ君って部活やってないんですか?」
「俺の放課後はブチオのために取ってあるからな」
「面白い人ですねフフフ」

どうやらこの集まりの目的は
テツテツだったようだ
たぶんいくみちゃんはテツテツが好きで
スウスウが間に入って
この集まりを急きょ考えたのだろう

「スウスウは相変わらず人の事に一生懸命だな」
「なんのこと?」
「いやお前のそういう所いいと思うけどな」
「フフン」

店を出るとテツテツといくみちゃん
俺とスウスウが並んで歩く
形になった
町には今日終業式だった
他校のやつらもうじゃうじゃいて
普段は閑散としている
商店街もちょっとした賑わいだった
今度はいくみちゃんの提案で
ネカフェに行く事になった
カップル席を2つ取ると
俺たちはそれぞれの席についた

「なあスウスウ龍神宮の事なんだけど」
「前もそんな事言ってたねどうしたの?」
「テツテツには内緒なあいつ心配するから」
「わかった」

俺はテツテツにも言わなかった
夢の話を全部聞かせた
白髪のヤツの事も全部

「だけど夢は夢でしょ」
「まあそうなんだけどね」
「私も・・・私もこれ以上関わって欲しくないなテツテツと同じ私もブチオが好きだから」
「うんそうか悪かった」
「そうじゃなくて・・テツテツとは違う好きだから」

俺の勘違いじゃなかったら
スウスウは男として
俺が好きって事になる
だけどスウスウは公園仲間の
スウスウであって
突然女として見ろと言われても・・・
スウスウは俺の返事を待ってるのか
黙ったままだ

「俺もスウスウが好きだしテツテツも好きだ俺達友達だしな」

これが俺の返せる精一杯の返事だった
スウスウはいつもの元気なスウスウを
演じてくれた
俺達はネカフェの前で別れた
スウスウといくみちゃんを見送った後
俺とテツテツは学校に自転車を
取りに戻った

「いくみちゃんと付き合う事になったのか?」
「いや気持は嬉しいけどさ」
「彼女欲しいって言ってたじゃないか」

学校はすっかり人影がなくなり
セミの鳴き声が響いていた
夕日が息苦しいほどに
赤く燃えるように差しこんでいた

「俺はこうやってブチオといる方が好きだかさ」
「ハハハ一生彼女できねーぞ」
「スウスウ・・・」
「スウスウがどうかしたか?」
「あいつお前が好きなんだぜ」
「俺らは一生友達だ」
「そうか」

テツテツはいつものように
乱暴に自転車のかごにカバンを
投げ込むと
先に校庭に向かって走った
俺は後を追いかけて
そしていつもの場所で別れた
別れ際テツテツが自転車をこぎながら
振り返って言った

「連絡するからさ遊ぼうぜ」
「当然だ」

龍神宮・・・
一人になると急にまた
あの事が気になりだした
気づくと家とは正反対の方向を走り
この前はテツテツと来た
龍神宮の近くに
今度は一人で来ていた
辺りは半分夜になりかけ
路地の突き当たりにある
龍神宮はまっくらに・・・

「え?道間違えたかな・・」

そこに龍神宮はなく道が開けていた
だけどおかしいのは
突然緑いっぱいの
どこかの田舎のような
景色が広がっていた
振り返るとやっぱり
龍神宮がある事を知らせる看板があり
ここがこの前の龍神宮だと
納得するしかなかった
自転車をその場に止め
歩いて進む事にした
緑生い茂る草原に一本道
遠くには山が見え
一本道の先には朱色の鳥居と祠
これは確かにテツテツと見た
あれだった
その後ろには湖がキラキラ
していた
とにかく一本道が続いている
その場所まで行ってみる事にした
パシャン
水がはねる音がして
立ち止まった
何かいる・・
水面から顔を出したのは
白くて長い髪を水面に漂わせる
青い玉と銀色の装飾がほどこされた
髪飾りの・・・
夢に出てきた人・・

「あれ?ブチオ?」

女だと思ってばかりいた
その人は男の声で呼びかけてきた
それと同時に頭の中を
駆け巡るように
全ての記憶が入ってきた

「クッキー・・・」

俺はこの人を知っていた
龍神のクッキーだ・・

「へーまた来てくれたんだ大きくなったね
もう2度と会えないかもって思ってたけどまさか思い出してくれたなんて嬉しいな」

クッキーは水面から上がると
木にかけてあった白い着物を羽織り
俺に近付いてきた
クッキーは俺を抱きしめると
嬉しそうに深呼吸をした

「さっどうぞお茶でも入れるから家に入って」
「あっでもすぐに帰らないと」
「いいからいいから」

通されたのは
時代劇に出てきそうな粗末な
小さな小屋・・
っておいっ!
粗末な小屋なのは外見だけで
中は到底神様の住む場所とは
思えない呆れたものだった
だけどさっき戻った記憶では
小屋の中は囲炉裏があって・・

「あぁびっくりした?これが本当の家の中」
「俺の記憶の小屋は?」
「いたいけな少年から神様への幻想をうばったら悪いでしょこれでも僕って気つかう人なんだから」

小屋の中は大型液晶テレビや
ソファそれにおしゃれなダイニング
どう考えても時空が歪んでるとしか
思えない広さだった

「この場所一帯はは僕の想像でできてる空間だからねカスタマイズも自由自在 さあお茶が入ったよ」

出されたお茶はブランドカップに
入った紅茶だった
今俺の中の神様という存在が
音を立てて崩れていくのを感じた
だけど今はそんな事はどうでもいい
事だった
さっき戻った記憶の中に
厄介な事が含まれていた
それを自分から切り出さないと
いけないのか
それともこのままやり過ごして
帰っていいものか
お茶をすすりながら考えていた

クッキーは髪を後ろで一つに
結えると俺の前の席に座り
頬杖をつきじっと
こっちをみつめてきた
その視線はまるで
戻ってしまった厄介な記憶の事を
みすかしてるような目だった

「あの・・・」
「記憶全部戻ったんだね」
「あぁ・・・・」
「5歳の君は一人ぼっちの僕がかわいそうだから一緒にここで暮らすと言った
き・み・は 大人になったらお嫁さんになるって言ってくれたんだよねウフフ」
「そっち系の人ですか?やっぱり」
「そっち系?あぁそういう事ね龍神に性別はないよ僕は女でも男でもないから大丈夫」
「大丈夫って・・・」
「だけど僕は大人になったら来てねそう言ったのに まだ子供のうちに来ちゃうなんてよほど僕に会いたかったんだね」
「いや別に自分の意志で来たわけでも約束を果たすために来たわけでも・・」
「また何日か遊んで行きなよ」
「えっそれは無理っていうかまた騒ぎになるって言うか・・」
「そうだ今夜はお魚料理にしようね ってここはお魚しか食べ物ないんだけどね」



囲炉裏で焼いた魚を食べた記憶
魚嫌いなうえに姿そのままの魚を
串に刺した物を出されて泣きながら
食べた・・・

 いやだよボクかえらない ボクがかえったらクッキー ひとりぼっちになっちゃうでしょ
 ボク クッキーのおよめさんになるの そしたらずっと いっしょにいられるもん
 やだ やだ やだ かえらない・・・・

   ”そうだ指きりしようね大人になったら戻ってきて僕のお嫁さんになるって”

 ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん のーます ゆびきった



これが最後の記憶
このあと俺は龍神宮の前で
発見されたんだ
夢と記憶が繋がってすっきり
したもののそれは拍子抜けした気持ちと
とんでもない約束を
してしまったのかもしれないという
不安を新たに産んでしまった
しかしクッキーはそんなそぶりもなく
坦々とキッチンで夕飯の支度をしている
その姿は久しぶりの
客人に浮かれているような
どこか嬉しそうにも見えた

「クッキーあのさ神様と人間がした約束って破ったらどうなるの?」
「ブチオはやっぱり可愛いねずっと気にしてくれてたんだ」
「人間同士と同じだよ他愛もない子供の約束・・それだけ」

クッキーはそう言いながらも
さみしそうにがっかりしたように答えた
クッキーの作った料理は
どこかの高級な店で出てくるような
食べた事はないけどそんな感じだった
塩釜に包まれた香草のいい香りのする
魚料理や魚をすりつぶしてあげたものや
とにかく魚づくしなのには変わりないが
とうてい神様が作ったとは思えない
洒落た料理だった
食後にコーヒーを落としながら
クッキーが言った

「気にしなくていいよ僕はずっと一人だったから大丈夫 それより自分の人生を大切にしてよ人間の人生は短いんだから
 ありんこほどの時間しかないんだよ」

クッキーの入れたコーヒーは
苦い中に酸味のある
味のわからない俺でも
ああこれは高級は味なんだとわかる
物だった
インスタントとファーストフードのコーヒーしか
知らないがうまいコーヒーだった
結局その日はクッキーの家に
泊まる事になった
風呂を勧められて入ったのだが
ここでも神様への幻想は
崩れ去る事となった
映画に出てきそうはその浴室は
鏡張りで猫足のバスタブ
バラの香りがする入浴剤に
ボディーソープ
仮に神様じゃないとしても
性別がないとは言え見た目は男が
こんな風呂に毎日入ってるのかと
思うと少しげんなりした
風呂から出ると部屋の中にクッキーは
いなかった
外に出ると湖の畔に立ち
グラスを口に付けているクッキーがいた

「何してるの?」
「ウイスキー 一緒に飲む?」
「いや俺未成年だし一応
 ここって綺麗な場所だねこれもクッキーが作り出した想像?」
「そう湖もそこに映る月も目に映るもの全部作りもの」

一人ぼっちで自分の想像が
具現化した場所に
クッキーはどれぐらい長い時間一人で
いるのだろうか
神様だってやっぱりさみしいに違いない
俺なんかがその寂しさを
癒せるのなら・・
その日俺とクッキーは
キングサイズのベッドに一緒に寝た
その夜はどれぐらいかぶりに
あの夢からも解放され
ぐっすりと深い眠りについた



 ”これはさようならじゃなくて また 会えるから・・”



目が覚めると目を疑った
俺が寝ているのはキングサイズのベッドでもなく
隣にいるはずのクッキーもいなく
その代りに
いつもの自分のベッド
そして俺を覗き込む両親と
テツテツ
そしてスウスウ

「良かった目が覚めたんだね」
腫れた目から涙を流すスウスウ

「お前何やってんだよふざけるなよ」
怒りながら笑ってるテツテツ

何も言わずに安堵の顔で
俺をただ見守る両親だった
ぼーっとした頭で必死に記憶を
手繰り寄せる
大丈夫今度は忘れてない
クッキーは記憶から消えてない
あの場所もちゃんと覚えてる

「あのさ何してるの?」

俺の言葉にその場にいた
全員が呆れた顔で笑った