「いらっしゃいませ」
「やあ、ぶちおくん」
「興風さん今日も来てくれたんですか嬉しいです
 僕って男性のお客様は興風さんだけなんですよ」
「本当?君みたいにかわいい子をほっとくなんてね」

興風さんはいつも高そうな品のいいスーツを着ていて
真っ赤なフェラーリを店に乗りつける常連さん
それまではフリーで来ていたが
初出勤の僕を指名してくれたのが初めての指名だったそうだ
それから興風さんの隣は僕の指定席になった
「いつものボトルでいいですか?」
「いや今日はいい」
「え?体の調子でも悪いんですか?」
「ユーノスロードスターはまだ実家にあるの?」
「ええ、なかなか迎えに行ってあげられなくて」
「見てみたいな、ぶちおくんのロードスター」
「僕も興風さんに見てほしいです」
いつもの営業トークのつもりだった
なんとなく言っただけのたわいもない言葉だった

「今から会いに行こう」

興風さんはそう言うとスクっと席を立ち
ママの所へ行き何か話しこみ始めた
しばらくするとママがやってきた

「店外デートなんてやるわね」
「え?」
「あなたの今日の営業保障いただいてるんだからこれは仕事よ
それは忘れないでね行ってらっしゃい」

ママから荷物とコートを受け取ると
急いで店の外に出た
そこには興風さんとフェラーリが僕を待っていた
右ドアの前に立つ興風さんがドアを開け僕に微笑む
「どうぞぶちおくん」
低い音で唸るエンジン音
興風さんがドアを閉めそして隣の運転席に乗り込んだ

「ちょっと強引すぎたかな嫌だった?」
「いえびっくりしたけど嬉しいです」
「こうでもしないとぶちおくんは一生僕をはぐらかし続けるだろ」

重厚な まるでレーシングカーのような音を立てて
フェラーリは町を駆け抜けていく

「興風さんどこにいくんですか?」
「決まってるだろ神戸だよ さっきも言っただろ会いに行くって」
「本気だったんですか フェラーリでわざわざ会いに行くようなもんじゃないですよ」
「本気だよいつだって俺はね」

町の明かりに時より照らし出される興風さんの横顔には
今まで見たい事がない種類の大人を感じていた
平凡な環境にはまずいない上流社会の顔
何をしている人なのかどんな生活をしている人なのか
そんな事はもちろん聞いたことはない
だけど聞かなくても全てがにじみ出ている
生れながら僕とは違う世界で生きてる空気
今こうして同じ密室にいる事が不思議
偶然が1万回ぐらい重なって出会った二人

阪神高速に入り海沿いを走る頃には
海も空もうっすら紫色になり
日の出を待ちわびていた

「夜が明けてしまうね疲れたかい?」
「いいえこうして一緒にいられて楽しいです」
「ちょっと休憩してもいいかな君が生まれた町の空気を今すぐ吸いたい気分だよ」
「僕の家はこんな中心街じゃなくもっと奥ですけどね」

京橋ICを抜けるとポートタワーの近くでフェラーリは止まった
「少し歩いてみようか いいかな?」
「はい」
12月の神戸は海風が吹き上げ寒さがより強く感じる
自然と二人の距離は近づき
気づくと興風さんに肩をだかれるように歩いていた
いつもならにぎわっている公園も今は二人だけの
貸切みたいだった

「ぶちおくんは俺の事は嫌い?」
「大好きです大人で紳士で一緒にいるとドキドキします」

興風さんの腕が僕を抱き寄せた
暖かくて大きな胸
自分がノーマルだって事を忘れて
ついその胸に全てを預けてしまいそうになった

「僕本当はノーマルなんですごめんなさい」
「そんな事は一目見たときからわかってたよ」

興風さんの力強い眼差しに
僕は一歩も動けなくなっていた

「僕は今どうしたらいいかわかりませんこんな気持ち・・」
「心配しないで全部俺が教えてあげるから全部・・ねっ」

唇が軽く触れる優しいキスと
長い指が髪そして頬を伝わり唇をなぞる愛撫
見つめあう瞳には朝日が映り込んでいた